大人のバレエ上達倶楽部

基礎から変わる大人バレエコミュニティ

バレエの本質に出会ったストーリー

こんにちは。

大人のバレエ上達サポーター、きよかです。

 

ここではまだお話ししていませんでしたが、

私がバレエインストラクターになった当初、

アメブロで日々の記録や、上達ノウハウを

細々と更新していました。

 

今年、大人バレエを広めるため、

一から再建しようと、

こちらに移転したのですが、

プロフィールの更新が

追いついていませんでした。

 

遅くなりましたが、更新させて頂きました。

 

 

これからも、色々な企画を通して、

私が目指す大人バレエの世界を

少しでも多くの人に届けていけるよう

頑張っていきます。

 

 

それでは、ここから、

 

なぜ「大人」バレエなのか?

これから、大人バレリーナの未来はどうなっていくのか? 

 

というお話です。

 

ーーー新・プロフィールーーーーー

 

こんにちは、穂波清夏です。

私は現在、移住先のカナダで

大人にバレエを教えています。

(正確には少数精鋭で子供達も教えています。)

教えると言っても、ただその場で

さらっとノウハウを教えるだけではなくて、

ローザンヌ国際バレエコンクールの講師や

世界中のプリンシパルに師事し、

また大学時代に8校転校して学んだ、

心理学、脳科学、哲学の知識も使い、

もっと根本的な、芸術であるバレエを

広めています。

 

生徒さん達には、

 

・バレエの基礎基本が初めてわかった

・諦めていたストレッチが克服された

・ターンアウトができるようになった

・難しい技ができるようになった

・モチベーションが維持できるようになった

・自然な表現の仕方が身についた

・生涯バレエを続ける決意をした

 

などの変化が出ています。

 

私は生徒さん達が、こういう結果を出しながら

どんどんバレエの上達をしていく中で、

 

「芸術であるバレエを通して、

人生そのものの豊かさを底上げし、

幸せな人を増やしたい。」

 

と思って活動しています。

 

 

ですが、現在のバレエって、

それとは全く別の方向に向かっています。

 

これって果たしてバレエなのか?

全国に星の数ほど生まれたコンクール

コンクールで点を取るために練習する生徒達

技術至上主義の踊り 

大人になったら急に

レクリエーションになるクラス 

大人の上達を諦める雰囲気

 

例を挙げ始めたら、きりがありません。

 

別にコンクールが悪いとか、

技術の習得が悪いとか

先生が、生徒が悪いとか、

そういうことではなくて、

現在のバレエが、本来の芸術性から

離れて行ってしまっていることに

疑問を感じているのです。

 

 

本来の芸術であるバレエって、

心が磨かれ、人間を豊かにするものなのに

受験勉強みたいに、

”傾向と対策”を網羅したり、

大人で上達するのは無理だと

何となく楽しい雰囲気を優先させて

バレエの基礎基本が省かれてしまい

カリキュラムのないクラスになったり。

 

精神が豊かになるよりも、

すり減らされる方に向かっています。

これって根本的にバレエなのかな?

と疑問に思うんです。

 

こういう、本質を無視したものだと、

バレエを辞めたら、スッキリしたとか、

バレエがいつまで経っても

分からない、好きになれないと

多くの人が感じるようになります。

 

 

私は子供時代、ワガノワバレエアカデミーや

バレエ団員の先生達のクラスを受け、

バレエ以外の全てを捨てて

ダンサーに成るべく、友人達と一緒に

コンクールのためのレッスンに日々明け暮れました。

でも当時の友人達のほぼ全員が、

才能があるのに、燃え尽き症候群になって、

バレエが嫌いになり、結局辞めてしまっています。

 

また大人のバレエでも、

現在バレエの世界でプロになれるのは

子供から訓練を受けた人たちだけなので、

明確なカリキュラムがなく

目的も社交の場に移り

基礎基本を教えることを省いてしまいます。

そこで本来の実力より早い段階での

妥協、諦めの空気が蔓延し、

バレエが遠い存在になります。

やる気のある人も、自ら頭をひねるものの

なかなかバレエの全体像が掴めません。

 

 

こうした流れは、誰が、

というものではなく、

技術や便利さを求め

どんどん革新していった時代が

作ってきたものです。

 

”誰でも”上手に踊れる未来の危険

ここ10数年で世の中が大きく変わりました。

バレエ界もシューズの発達や

情報量、情報源の豊富さから、

ダンサー達の技術レベルは

かつてないほど上がっています。

ニューヨークでレッスンを受けた時には

プロ顔負けの技術力を持った

ダンサーの卵達が、余ってしまうほど

沢山いました。

 

これから更にAI時代や

人生100年時代になっていきますが、

これって、今までは単純作業に追われたり、

家事や育児に追われていた時代から、

便利さや寿命が向上され、

だんだん、人間が人間らしく

時間を使えるようになる時代が来る

ということでもあります。

AIと人間「分担」の世の中になっていきます。

  

このAIの力でバレエの技術は”誰でも”

ある程度習得できるようになるのです。

 

 

精神をすり減らして訓練し

技術の突出した今のバレエから、

今、このタイミングで、

精神的にも豊かになりながら

技術と共に芸術性を高めていく

バレエの時代に作りかえていくべきなんです。

 

新しい時代に子供の存在は

必要不可欠ですが、

私はある経験から、これから

バレエを作りかえていくのは子供ではなく、

まず大人からと考えるようになります。

 

”大人”バレエである意味

カナダでは近所のベビーシッターが

中高生の初めてのお仕事だったりします。

私もその例に漏れず、

大学時代まで、何十人もの

子供達のお世話をしました。

 

そこで気付いたのですが、

最近の子供達の多くは、

短絡思考になっているんです。

 

バレエは一筋縄にいかないことも

多いですが、そうなると

すぐに諦め、辞めてしまいます。

   

別に子供達が悪いとは言いません。

便利に何にでもアクセスできる

世の中しか見ていない子供達は

ただ、純粋に知らないのです。

 

 

また最初から親に勧められるまま

バレエを習う子供も多いです。

 

その点、大人では、

親に言われてレッスンに来てます!

という人に私は今のところ

会ったことがありません。

 

 
子供達の場合、バレエへの

意欲を引き出すところから

始めなくてはなりません。 

 

これは一見、大変な作業に思えるのですが、

いつの時代もそうやって

築かれてきたように、

子供は大人の社会を見て育ちます。

良いものも、悪いものも

それを真似ていくことで、

やがて人格や、社会が形成されていきます。

 

次の世代に、人間のあるべき姿を

示していくのが大人の役割である

ということも

子守りの経験を通して強く感じます。

 

そうしてみると、子供達ではなく、

 今、意欲はあるけれど、

本来の能力を上手く発揮できていない

”大人”にバレエを教え、

次の世代に受け継がれる方が

結果的に、より多くの人を

幸せにできるのです。

 

   

では、私がなぜ、このような理念を持って

大人バレエに携わるようになったのかお話しします。 

 

場面転換人生から得た知識

2歳の頃から始めたバレエは、

私にとって、生きがいでした。

厳しい練習に耐え、

課題を乗り越えていくうちに

ロシアのバレエ団で活躍していた先生から

プロになることを勧められ、

本気でプロを目指し、

バレリーナ街道を歩んでいました。

 

しかし、私が12歳の時、

意図しない方向に物事が進み出します。

闘病生活を送っていた父が亡くなり、

悲しむ間もなく、母の仕事で

カナダへの引っ越しが決まりました。

 


私の意志に反して、

まるで舞台の場面転換装置のように、

勝手に、場面がどんどん変わっていって

変化について行けず、

何もやる気が起きない時期が続きました。

当時すごく太りましたが、今思えば

あれって、自分の衝撃的な状況を映画の感覚で

第三者として食べながら眺めていたからです。

親が死んだと思ったら、

今度は親戚全員に別れを告げ、

全く知らない国に行くことになり。

本当に終わらない映画を見ている感覚でした。

(映画がなかなか終わらないもので、

多少太りました。笑)

 

その時もバレエは続けていましたが、

ピルエットを沢山回るだとか、

どれだけ高く跳ぶだとか、

技術を習得してしまうと学ぶものがない、

それだけのレッスンに飽きていたので、

あの頃は学業の方が楽しかったです。

 

特に大学では、勉強に明け暮れ、

主に心理学、脳科学、

哲学を学んでいました。

どんな感じだったかというと、

 

学校が違っても単位を引き継げるので、

私は面白そうな教授のクラスを

点々としていました。

結局8校、転校を繰り返します。 

 

 

そして、お年寄りの脳について

研究していたのですが、

その可能性を実感した時、

お年寄りがこんなに可能性だらけなら、

大人ならもっといける、

私が目指す大人のバレエも、

大学で学んだ知識を基に展開させていけば、

芸術性を取り戻しながら

発展させられると確信しました。

 

バレエの将来を担う大人たち

最初は近所の教室や施設で教えていましたが、

カリキュラムや、今までの習慣のおかげで

大人のバレエクラスの場合、

上達を諦めているというか、

教えるべきことを省いたりしてまで、

楽しい雰囲気作りが重視されていて、

全然私が思うクラスになりませんでした。

そこですぐに希望者を募って、

個人で教え始めることにしました。

 

初めて集めてみた大人メンバーを

教えていくと、やはり、生徒さん達は

どんどん上達しながら、

芸術面でも磨かれていきます。

 

しかもバレエだけでなく、

仕事も上手くいくようになったとか、

人間関係の修復ができたとか、

 

そういう風に、芸術と日常が繋がり、

シナジーが起きるまでになっていました。

 

精神をすり減らして、技術競争をする

今のバレエではなくて、

芸術に立ち返った時、

見える世界が変わってくるんです。

  

誤解の無いように言っておくと、

競争自体が悪いことではないのですが、

大して意味のない競争、劣等感、

それに精神をすり減らす人が

多すぎると思うんです。

 

いわれのない劣等感の正体 

日本人は戦後、アメリカに大きく影響され

アジア人であることへの劣等感が

強く植え付けられました。

また西洋文化であるバレエでは、

日本人である自分たちは劣っている

と感じることも多いはずです。

 

確かに、骨格だったり、筋肉だったり、

その点では西洋人の方が

大概バレエに向いています。

 

「今日初めてのバレエです!」

って来た人が、ターンアウト完璧

とか普通にあります。笑

 

でもカナダに来て分かったことですが、

誰にでも得意不得意があります。

勿論、日本人にあって、

彼らにないことも沢山あります。

 

例えば、日本文化や歴史の長さ、深さ、

そこから派生した精神性。

 

お互い太刀打ちできないことがあるし、

別にあえて太刀打ちしなくて良いと思います。


私たちは日本の良さを取り入れた

バレエを極めていくことで、

技術が優れている現代のバレエに

芸術性を加えることができます。

 

バレエって西洋文化だから、

それしかダメなのかと言ったら、

そういうことは無くて、

組み合わせ次第で、どれだけでも

世界は広げられます。

 

私が思う、日本人のバレエとは

どんなものかというと、

 

日本バレエの強み

私は日本で幼稚園の頃から

茶道を習わせてもらっていて、

お稽古の中で「一期一会」は何度も教わりました。

ただ何の気なしに、良い言葉だなぁ

と思っていたけれど、

人生の場面転換を色々経験したおかげで、

人生って本当に奇跡的な出会いの連続であり

沢山の人たちの助けの元で、

続いていくものなのだと心から感謝しています。

 

そして「一期一会」って人間関係だけではなく、

感謝の気持ちや、感覚とか

そういうものも同じなのだなと感じます。

  

確信を持って大人バレエを発展させられる感覚

技術と心が融合される感覚

西洋と東洋が融合される感覚

 

こういう感覚との出会い、

この閃きというか、直感というか

こういう命ないところにも宿る

「一期一会」の縁を大切に、

日本人であるから持ち合わせた視点を加えた、

技術と芸術、バランスの取れた

大人バレリーナを増やしていきたいです。

 

バレエの将来を担う大人たち

そうしていくうちに、

ローザンヌ国際バレエコンクールの講師や

世界各国のバレエ団でプリンシパルだった

先生達にも、教わるようになりました。

 

この出会いに感謝するのと同時に、

これからも学びを続け、

大人にバレエを教えていくことが

私の使命であると感じています。

 

一人でも多くの方に

バレエを通し、人生の本当の豊かさに近づく、

そんな体験をしてもらいたいです。